衣笠祥雄が死去。その人柄で誰からも愛された男。

プロ野球界の伝説的な存在がまた一人、その生涯を終えることになりました。

鉄人」と呼ばれ、どんな痛みにも耐えひたすら試合に出続けた衣笠祥雄

類まれな人柄ゆえに、多くのファン、多くの仲間から愛された男でした。

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「鉄人」衣笠祥雄、71歳で死去


出典;スポーツ報知

星野監督に続き、まさかこの人がと思うような方が亡くなってしまいましたね。

現役時代、顔にボールを喰らおうが、骨折しようが、どんなことがあっても試合には出場し、2215試合連続出場を果たした「鉄人」。

巣くう病に対しても、最期まで闘う姿勢を崩しませんでした。

広島で活躍し、2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)氏が23日、上行結腸がんのため、都内で死去した。71歳。京都府出身。通夜・葬儀は家族のみで執り行う。お別れの会などは未定。
出典;スポニチ

71歳、まだまだ亡くなるには早い年齢ですが、死因は上行結腸がんだったようです。

今月19日の「DeNA・巨人戦」では、試合を中継したBS-TBSで解説を担当したばかり。しかし、声がかすれ、聞き取れない時もあったとして、インターネット上では心配の声が上がっていた。
出典;スポニチ

「鉄人」らしく、亡くなる5日前まで解説を行っていたようです。

しかしこの時には、衣笠さんの声はかすれ、聞き取れないことも多くあり、心配する声が多く上がっていたのでした。

出典;Yahoo知恵袋
テレビ解説の衣笠祥雄さんの声が異常に出しづらそうなんですが、大丈夫でしょうか?

確かに、ネットの声にもあるとおり、かなり声がかすれた状態だったことが分かります。

かれているってことは誰にもがんのことを言っていなかったってことかな。
まさに最後までデッドボールを喰らっても痛がらない鉄人のままで逝ったんだな。
でも、そこは痛がってもよかったんじゃないか…ご冥福をお祈りいたします
出典;Yahooコメント

辛い仲でも弱音を吐かずに闘い続ける、最期の最期まで生き様を貫いた衣笠さんでした。

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衣笠祥雄の”人柄”に大勢が涙


出典;日刊スポーツ

衣笠さんはその人柄ゆえに誰からも愛された男でした。

訃報を受けた江夏豊さんは、

「今日の朝、知った。(衣笠氏の)奥さんから電話がかかってきた。一口ではなかなか言いづらいけど、言えることは、いいヤツを友人に持ったということ。本当に俺の宝物」
出典;デイリースポーツ

いいヤツ」であり、「俺の宝物」であったのですね。

表現するのに、これ以上ない言葉かもしれないですね。

衣笠さんの紳士的な人柄を表わすエピソードもありますね。

通算被死球161は日本プロ野球史上3位だが、振る舞いは非常に紳士的であった。どんなに危険で痛い死球を受けても、怒るどころか左手で「いいよ、大丈夫だから」と逆に相手投手を気遣いながら一塁へ向かっていた。西本聖が死球を与えた際も、西本が衣笠の元へ謝りに近寄っていったところ「危ないから下がっていろ」と言われ、西本は衣笠の器の大きさを感じたと語っている。
出典;wikipedia

歴代3位のデッドボール数を喰らっているのですが、どんな時でも穏やかに振舞っており、投手に対する気遣いを忘れなかったようです。

プロ野球選手は体が資本であり、悪質なデッドボールは選手生命を左右しかねないので、怒っても不思議ではない場面も少なくなかったでしょうが、、、立派ですね。

人としての器の大きさが現れています。

生涯で最後の仕事を共にした槙原氏は、仕事の後に衣笠さんが、「今日はありがとう、ありがとうなって握手して。僕も急きょ呼ばれたというのもあって、ありがとうと言ってくれた」と述べており、具合の悪い中でも最後まで気遣いを忘れない、そんな方だったことがわかりますね。

高畑アナウンサーが、涙を堪えて衣笠さんの訃報を報じている姿は、心を打たれますね。

多くの方に惜しまれながら亡くなった、そんな聖人であり、鉄人だったのでした。

もう、あの姿、あの声が聞けなくなるのは、残念ですね。

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