【訃報】星野監督、膵臓がんで死去。球界の熱き闘将に涙の別れ。

野球界の熱き闘将が、その人生に別れを告げました。

星野仙一、享年70歳。膵臓がん。

誰よりも熱く、誰よりも激しく、誰よりも厳しく、そして誰よりも愛情に溢れた監督でした。

早すぎる死に、教え子やライバルから別れを惜しむ声が止みません。

さようなら、星野監督。

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星野監督。強気と本気を貫いたプロ野球人生


出典;楽天イーグルス公式

※星野仙一氏は既に監督を退いていましたが、本記事では敬意を表し、星野監督と記載いたします。

熱き闘将の生き様は、最期の最期まで強気を貫いていました。

星野監督が亡くなったのは、2018年1月4日(木)午前5時25分。

球団の公式発表の2日前のことでした。

人前で弱気を見せない、星野監督意志だったようです。

現役時代、「打倒巨人」を標榜し、隠すことの無い剥き出しの闘志で、「ON」に真っ向から立ち向かい、通算35勝の巨人キラーぶりを発揮しました。


出典;dmenu ニュース

世界のホームラン王・王貞治にホームランを打たれた時も、「あのホームランは打たせてあげたもの」と答え、その強気の姿勢を崩すことはありませんでした。

現役を引退し、監督に就任してからは、その闘志と強気の姿勢に一層の凄みが加わったように思えます。

星野監督の代名詞とも言える「乱闘」の回数は数知れず、毎年の珍プレー好プレーでは必ず、監督が声を荒げて審判と闘う姿が映し出されていました。


出典;JIJI.com

「乱闘」に関して、かつてベンチにこう指示していたようです。

「(乱闘が起きたら)乱闘を止める役割でもいいから出て来い」

チームとしても闘う姿、闘志を全面に剥き出しにする姿を意識していたのでした。

その結果、監督1年目での早速の退場に始まり、計6回退場処分が下っています。

それも勲章でしょう。

また、選手の育成・指導についてはとりわけ、”熱く厳しい男”が全面に現れていました。

最初に就任した中日ドラゴンズの監督時代、第一政権時の若手で星野監督に鉄拳を浴びていないのはおそらく立浪和義ぐらいではないか、とも言われており、そのスパルタぶりが伺えます。

自身の著書で次のとおり述べています。

「私が怒る時は、常に本気で怒る。叱るときは全身で叱る。自らの本心を隠したり抑えたりできないのは、私の長所であり、また、短所でもあるが、少なくともスポーツマンの世界で発揚する理想だと考えている。時には怒鳴り上げ、壁を蹴り、灰皿を投げ付けて怒る。私くらい怒っていることが周囲に丸分かりの監督もいないだろう」
出典;ハードプレイ・ハード 勝利への道、2000年、P115

選手が不甲斐ないプレーをした時には、ベンチに蹴りを入れたり、壁にかかっていた扇風機をハードパンチで破壊したりもありました。

星野監督は常に本気の指導を実践していたのですね。

そして、監督の本気に選手たちは本気で答えました。

監督を務めた3球団、中日・阪神・楽天でいずれもリーグ制覇(楽天では日本一)を達成したのは、その何よりの証拠でしょう。


出典;楽天イーグルス公式

就任する前は、下位に低迷していたチームを、優勝できるまで導いたのは、まぎれもなく星野監督の手腕によるところが大きいでしょう。

星野監督は間違いなく、闘将であり、名将だったと思います。

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涙の別れ、惜しむ声

星野監督との別れを惜しむ声。

岩瀬:
「星野さんには、野球の面でプロの世界の厳しさを教えていただき、野球人として成長できたので感謝の気持ちしかありません。ご冥福をお祈りいたします」

荒木:
「ドラフト指名していただいたのも、2000本安打達成の花束をいただいたのも星野さん」「節目節目で大変お世話になった方なので、とにかく寂しい気持ちでいっぱいです」
出典;スポニチアネックス

岩瀬投手は、日本球界屈指のリリーフエースに、荒木選手は、2000本安打を達成し、走攻守3拍子揃った球界を代表する内野手になりましたね。

星野監督の存在が大きかったことが、コメントから伺えます。

金本:
「しっかりブレずに自分の思うように頑張って、絶対、阪神、強くなるから辛抱してやれよ」とエールをもらった。
「感謝しかない」
桧山:
「弱小球団を強くするために『ネバー・ネバー・ネバー・サレンダー』というキャッチコピーを作られた。あきらめない気持ちを持てば人間は必ず夢をつかめるということを言われて、それを本当に実現された監督だった」
出典;スポーツ報知

金本選手は「鉄人」と称され、広島、阪神の両チームで4番を任される大打者でした。

阪神に移籍する際には、「プロ野球全体のことを考えて来い」、「俺とお前は一緒に歩むようになっている」と星野監督からラブコールを受けるほど、チームに必要な選手と思われていたようですね。

阪神の監督となった現在、星野監督の熱い思いが脈々と受け継がれているように思えます。


出典;スポニチアネックス

則本:
「突然のことで驚きを隠せないです」
「星野さんがいなければ、今の僕はないので、感謝しかありません。ご冥福をお祈り申し上げます」
出典;スポニチアネックス

星野監督が手塩にかけた楽天のエース、則本投手

4年連続で奪三振のタイトルを取得するなど、球界を代表する投手に成長しましたね。

ネットの反応

・楽天を初優勝に導いただけに、ただただ残念でなりません。あまりの予想外のニュースに涙が出てきます。
・しかし引退後の彼の生き方がこれほど大きな衝撃とニュースになる。
・荒木選手の2000本安打達成の時に花束を渡した時は元気そうだったのに。ご冥福をお祈りします。
・昭和49年の胴上げ投手。燃える男。名古屋の子供たちのヒーローでした。
・阪神で監督やってた頃が一番生き生きしてました。
出典;Yahooコメント

おわりに

星野監督がプロ野球界に残したものの大きさが、各選手のコメントから伝わってきますね。

後にも先にも、星野監督のような熱さ・激しさ・厳しさ・愛情を併せ持つ監督はいないと思います。

それだけに、突然の訃報は残念でなりません。

星野監督、長きにわたりお疲れさまでした。

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