アンチとファンは紙一重?宴の後でも村上春樹。

完璧な受賞などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

今年も期待された村上春樹氏のノーベル文学賞の受賞はならなかった

ファンには悔しさと落胆が。アンチには安堵と喜びが。

でもこの2グループ、実は遠いようそうでないかも

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アンチの理由は?


出典;大川ぶくぶ

村上春樹の作品は世界的に有名であり多くの翻訳で出版されている。

日本でも人気は留まることを知らず、実際新刊が出るとなれば100万部を超えることも珍しくない。

大勢の村上春樹ファンがいる一方で、村上作品が嫌いな人々、アンチ村上春樹も少なくない。

そしてそのアンチぶりは、他の作家に対するそれとは一線を画している印象さえある。

人気作家の宿命ではあるが、彼らは村上作品の何が気に入らないのであろうか?

文章、文体に対する嫌悪感

ネットの反応を参考にすると、
 ・もったいぶったような言い回しだが、実は(内容は)何も言っていない
 ・英語の教科書から直訳みたいな気取った文章
 ・起承転結の「結」が無く、何が言いたいのかがわからない

といった意見が多いように思える。

実にこれらは村上作品の特徴である。三島由紀夫のような、「難渋な文体と華美が過ぎる装飾で書かれた3行の文は、実はひと言でまとめられる」、という類ではないが、メッセージ性のあるように見せかけて何が言いたいのかがよくわからない(理解しにくい)言葉も少なくない。

これは作品ではなく村上春樹氏へのインタビューの1シーンであるが、

多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。いろんな檻というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる。
出典;『毎日新聞インタビュー』

うむ。わかるようなわからないような。。味のしない、水を食べているような感じとも言えようか。
アンチ村上春樹で有名な太田光は、

「読者に対するサービス精神無さ過ぎる」と批判している。

気取った文章。そうなのよね。ナルシスト性すら感じさせますな。

村上春樹ファンでなくともピンと来たかもしれないが、冒頭の文章(完璧な~)の「受賞」を「文章」と言葉を変えてあげれば、これはデビュー作の羊をめぐる冒険の最初の一文である。

完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね
出典;「羊をめぐる冒険」(上)

こんな言い回し。一体誰が日常使うというのか??

共感できない

何も村上作品に限ったことではないが、共感ができないという点はアンチが多い原因のひとつに挙げられている。

これは村上作品の多くに、主人公に一定の特徴があることに起因している。

主人公の特徴
 ・主体性がなく、流されるままに行動する
 ・優柔不断である
 ・なぜかモテる
 ・知的でウィット溢れる言い回し、返しができる

ラノベかっ!!

と、取り乱してしまったが、そうなのである。

「巷間あたかも春樹作品の主題であるかのように言われている『喪失』だの『孤独』だの、そんなことはどうでもいいのだ。(中略) 美人ばかり、あるいは主人公の好みの女ばかり出てきて、しかもそれが簡単に主人公と『寝て』くれて、かつ二十代の間に『何人かの女の子と寝た』なぞと言うやつに、どうして感情移入できるか」
小野敦

共感ができないということに共感を覚える人も少なくないのではなかろうか。

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好きな理由は?

アンチの理由ばかり書いてもアンフェアなので、ファン側の意見も見てみたいと思う。

文章、文体に対する好感

 ・独特なリズムや乾いたユーモアなど、他の作家では得られない満足感がある
 

隠喩能力を、異なった二つのイメージ間のジャンプ力と考えるなら、彼ほど遠くまでジャンプする日本の作家は存在しない
斎藤環

文章や文体に対するアンチがいる一方で、その独特の表現が響いてくるという人もいるのである。

斎藤氏は興味深いことに、村上春樹氏を隠喩の達人である旨のコメントを述べている。

確か、、何かの作品で、オウム返しをされたことにキレた女性に対して、主人公(多分)が「メタファーという名のエコーだよ」と返していたような。これしか覚えていない。。

隠喩ではないが、ウィットに富んだ直喩も魅力的だと思うので紹介しておく。

「もしもし、」と女が言った。それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった
出典;風の歌を聴け

「可哀そうな人」と彼女は言った。まるで壁に書かれた大きな文字を読み上げているような声だった。本当に壁にそう書いてあるのかもしれないなと僕は思った。
出典;国境の南、太陽の西

なるほどですねぇ~。こういう言い回しに反応する人は、きっと次のように思うんでしょうね。

憧れ

ハルキストと呼ばれる熱狂的な方々を始め、なお多くのファン(特に若者層)から支持される村上作品。
これは個人的にも経験があるが(そう、自分は村上作品が好きですw)、登場人物や、作内の雰囲気への憧憬なのである。

村上作品が嫌いな理由の一つとして先に挙げた主人公の特徴についても、知的でウィットの効いた返しなどは、思わずそのセリフを使っている自分を想像してしまうものである。そして赤面もするのだが。

朝食にコーヒーを淹れ、トーストを焼き、フィッツジェラルドを読みふける時間を過ごす。

背伸びしたい年頃は憧れるのですよねぇ。(自分は大学時代に読んだのでドンピシャでした。)

おわりに

こうして見ると、文章・文体に対する好みや、登場人物や雰囲気への共感の針が、嫌悪か好みのどちらかに傾いているかなのである。

針は振り切れていると思いきや、一周回って反対方向にぐるりと動くかもしれない。

アンチがファンになり、ファンがアンチになるかもしれない。両方いてよいと思う。

来年のこの時期を楽しみにするとともに、私達を楽しませてくれる村上春樹氏への感謝で終わりたいと思う。

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